「まぼろしコントロール事件」とはなんだったのか?
まぼろしコントロール事件研究家 加藤隆生
その国のシステムは、すべてが完璧だった。
その類まれなるシステムは「ファントムCTL」と名づけられ、自ら考え、誰の手も借りずに自ら成長を続けた。
ファントムCTLが開発されてからの40年間、どんな生き物もその施設には入れなかった。
もちろん、人類も。
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ファントムCTLが開発されてからの40年はすなわち、その国の発展の歴史でもあった。
建国以来400年を越すこの小さな王国は、その統治の大半を大国による植民地政策によって不遇に過ごした。人々は抑圧され、虐げられた。
しかし、41年前たった一人の天才がこの国に完璧な電脳システムをもたらした。
そのシステムは完璧な統制とともに、すべての事柄をカテゴライズしていった。
その天才は言った。「過去のシステムは二元論に基づいていた。デジタルは0と1しかないと思われていた。しかし、この世界はそんなに簡単に白黒つけられるものではない。グレーのものはグレーとして、システムに組み込む事によって、システムという無彩色をカラフルなものにしたのだ」と。
そして彼は続けた。
「私のシステムは、国における統治をコントロールするだけではなく、ある個人の恋心までコントロールする可能性を持っているだろう」
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このシステムの最大の特徴は、メンテナンスの必要がないことであった。
ファントムCTLは自らを監視し、自分の不備は自分で治した。
さらに、ファントムCTLには学習機能もあり、世界中のあらゆる文献がテキストデータ化され、すべての音データ、映像データ、画像データなどのデジタル化が可能なデータが、独自に整備されたネット回線を通して、データバンクにリアルタイムで送られてきていた。それを独自に分析し、学習し、自分のシステムに応用していった。
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ファントムCTLの完成以来、その国は発展の一途を遂げた。
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そのシステムが生み出したものを輸出する事によって利益を得、また稼ぎ過ぎないようにその貿易黒字はコントロールされていた。すべてはファントムCTLによるグローバルな視点のもとに綿密に計算されていた。また、同時に国内外における民意、世論を正確に読み取り、そのためのメディアコントロールも怠りはしなかった。
つまるところ、ファントムCTLは電力システム、軍事防衛システム、選挙システム、流通システム、貨幣制度決定システム、裁判システムを制御し、そのうえ国民の、また他国の精神的な感情までコントロールしていた。どんなに緻密で整合性の取れたシステムでも、それを動かすのは人間であり、人間を動かすのは感情であることをファントムCTLは熟知していた。
しかし、もちろん、どんな秩序も滅びるときが来る。
完璧であればあるほど、そのひずみは見つけにくいが、一度見つかるとそこから転げ落ちるスピードは速い。
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ファントムCTLには世界中のあらゆるデータが送られてきていたので、ASIA地域にある島国からあるバンドの音楽データが送られてきた事もその時点では悲劇というほどのことではなかった。世界中のあらゆるデータがここには送られてくるのである。つまり、世界中の音楽もここに集まっているという事である。ASIA地域の小さなバンドのニューアルバムがここに届けられたことは必然であり、それ自体は不思議でもなんでもない。
ただ、そのときに一つだけ不可解なことが起こった。そのアルバム「まぼろしコントロール」のデータはファントムCTLに取り込まれるときに、31分42秒かかったのだ。たいしたデータ量ではないはずのこのミニアルバムを取り込むのに、31分42秒もかかるなんてありえない。ファントムCTLを観察し続ける技術者(といっても彼の仕事はただ遠隔地より観察するだけなのだが)も首をひねった。「まるで、ファンちゃんがこのアルバムを一曲目から全部聴いてたみたいだったよ」と彼は後に証言している。
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ファントムCTLはその日を境に、システムとして完璧ではなくなった。
処理速度は落ち、ミスも増えた。
そのミスもひどかった。「運動会」と「阿藤海」を読み間違え、全国の小学校に「秋の阿藤海!」というとんでもないイベントを立ち上げたりした。阿藤海さんは、全国の小学校を大忙しで公演して回ったが、それがなんなのかよくわからなかったそうだ。
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ファントムCTLはそれから8ヶ月後に完全に機能を停止する。
後に内部のデータを解析したエンジニアの証言によると、そのときのファントムCTLのデータはすべてが乙女チックなポエムになっており、恋に恋する乙女のようだったという。
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その国は、ロボピッチャーというバンドを国際的なテロ組織として指名手配し、報復を宣言したが、なぜかその宣言の丁度31分42秒後にあらたな声明を発表した。その声明は「ごめん。俺が間違ってた。俺、お前の事好きだよ」であった。
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以上が「まぼろしコントロール事件」のあらましである。
今でも謎の多い事件ではあるが、この件について生涯を捧げた研究家のセガ・サタン氏はこう語っている。
「我々は愛し、哀しむ。たったその二つの要素を兼ね備えたものが、当時世界にはロボピッチャーしかいなかったのだ」と。
また、彼は長い闘病生活の後、息を引き取ったが、親しい人達には「私の人生には素晴らしい時間があった。それは丁度31分42秒間であった」ともらしていたという。
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周知のとおり、ロボピッチャーは現在世界中でもっとも聴かれている音楽である。
ロボピッチャーという一つのジャンルであり、ロボピッチャーという思想である。
世界の人々は、ゴールデンウィークあけの哀しみの中で、未来の見えない不安の中で、テスト期間中の憂鬱の中で、恋の予感の中で、終わった恋の喪失の中で、何かを作り出す期待の中で、死を選ばないための一番の方法として、死について思う一番の方法として、ロボピッチャーを今も大切に聴いている。
我々はまぼろしとともに生きている。
その中にいて、それをコントロールすることなんて出来ない。
しかし、われわれは望む事は出来るのだ。
まぼろしの中で生きていく事や、まぼろしの向こうに思いを馳せる事や、まぼろしを振り切って生きていく事を。
そして、われわれはラッキーなことに、そのことをたった31分42秒で正確に理解する事が出来るのである。
最後に、ファントムCTL内部に40年ぶりに侵入したエンジニアが、その時モニター画面で見たという、あの有名な言葉を引用してこの原稿を終わりたいと思う。
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「ティリリリラって歌う ティリリリラって歌う ティリリリラって歌う そしてなんにも知らなかったって知る」
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世界最大の電脳システムが「なんにも知らなかったって知った」時に見たものはなんだったのだろう。
今は知る由もなく、その時空を越えたミステリアスなロマンが、あの事件からずいぶん経った今でも「まぼろしコントロール」研究家を生み出している要因であろう。
まぼろしコントロール事件研究家&ロボピッチャー(G、Vo) 加藤隆生
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