「アリバイと40人の盗賊について」 …2006/08/14

 

  さて。
  このアルバムについてテキストを書こうとすると、僕の中から言葉がはらはらと零れ落ちていってしまう。僕は言葉をつむぐことが出来ず、しかたなくキーボードに手を置いたまま、もうかれこれ2時間ほどぼーっとしている。

  これまで3枚のミニアルバムをロボピッチャーで出してきた。
  その3枚のミニアルバムに僕はさらさらとテキストを書いた。それらのアルバムは物語を持っていて、それを言葉にするだけだった。物語がありさえすれば、それを物語るのはさほど難しいことじゃない。それどころか、過去のミニアルバムは、僕が書いたテキストによって、より完全なミニアルバムに補完されたようにすら思った。それぞれのアルバムに入った6曲が、きちんと一つの方向を向いて、誰とどういう戦いをしたらいいのか理解したように思えた。まるで10ヶ月しか続かない王国を牛耳る王様の命令みたいに、僕のテキストは力強く、そして無意味に飛んでいった。

  「アリバイと40人の盗賊」には物語はない。
  あらかじめ言っておくと、アルバムタイトルに意味だってない。
  フロイトに傾倒した人々は、無意識に適当につけたタイトルにだって意味は有ると主張するかもしれないけれど、とりあえず僕が自覚しているような意味はない。意図もない。ただ、キーボードの伊藤君と電話で話しながらなんとなく決めたタイトルだ。「なぜ?」と聞かれても答えられない。なんとなく決めた。決めたときには二人で電話で笑った。「ああ、それに決めよう。なんだかとても素敵なタイトルだね」

  物語があるとすれば、それはロボピッチャーというバンドにある。

  これまで、3枚のミニアルバムを出してきて、さあいよいよフルアルバムを出そうというときに決まっていたメジャーレーベルが突然なくなった。僕らは唖然として、何も考えられなくなり、まったく未来が見えなくなったバンドについて話し合った。僕はそのアルバムのために既に10曲以上新曲を書いていて、もしこの曲が世に出なかったら、担当ディレクターを地の果てまでも追いかけて、言葉ではいい表せないようなひどい思いをさせるつもりだった。

  今回のフルアルバムをファーストエイドネットワークから出すことが決まって、さあ、レコーディングというときにメンバーが一人倒れた。腰をひどく捻挫していた。残りの3人でライブはなんとか乗り切ったけれど、レコーディングスケジュールはどんどん伸びていった。
  それから、ロボピッチャーがツアーに出るたびに、その道では事故か雪の為通行止めが起こった。僕らは東京-京都の道のりを15時間ほどかけて移動した。「呪われたバンドだね」といってみんなで笑った。
  メンバーが一人引っ越して、かなり遠くなり練習をするのがかなり難しくなった。レコーディングのスケジュールを整理するのにずいぶん時間がかかった。それでも、僕らは笑った。「じゃあ、そこでどんどんライブをしよう。第二のホームが出来たね」と僕は言った。

  アルバムにはどうしてもたくさんの曲を入れたかった。
  13曲っていう曲数も僕ららしい。呪われたバンドにぴったりだ。
  レコーディングは混迷の中で行われた。
  それは僕らが味わったことのない旅行だった。かばんにはたいした物は入っていなくて、でも向かうべき場所はずいぶんと遠い場所だった。すべての作業を終わらせるのに10ヶ月ほどかかった。途中で僕にはもうなにも見えなくなった。とりあえず目の前のことをきちんと終わらせていった。一つずつ。一つずつ。メロディーを書き、コードを整え、歌詞をのせた。ドラムを録り、ベースを録り、キーボードを録り、ボーカルを録った。ゲストを呼んで、さまざまな意見を言い、音を重ねていった。この時間が永遠に続くのではないかと思った。完成に近づいているのかどうかすらよく分からなくなった。

  レコーディングの間によくバンドメンバーで「このアルバムでもう終りかもしれない」という話をした。
  僕らはこのアルバムにすべてを注ぎ込まなくてはならなかった。新しい何かを獲得しなくてはならないけれど、残された時間には限りがある。ここで僕らは新しい扉を開かなければこのバンドは解散する。それは確信だった。何かを生み出す為に集まったんだ。なにも生み出せなかったらまた元に戻るだけだ。

  出来上がった仮ミックスを聞いて、心の底から僕はほっとした。よかった。これで僕らはまだバンドとして存続していける。ほんのちょっとだけ僕はこっそり泣いた。あの、もう、ほんとにちょっとだけですよ。
  思いって意外に形になる。
  永遠の愛はみたことないけれど、形になった「思い」はその形状をメディアの中に半永久的にとどめ続ける。

  ともあれ、僕はこのアルバムに付け足す言葉なんて何一つない。
  少なくとも僕の言葉は必要ない。
  今ここにあるのは、確かに誰かがある種の才覚と意思でもって、一つの作品を作り上げたっていう証拠だけだ。
  それについて僕があえて語るのであれば、これは「世界最高の作品である」としかいえない。でも、それじゃあボクシングの試合の審判を選手本人がやっているようなもんだ。
  だから、僕はこのアルバムに付け足す言葉を持っていない。

  網膜に焼け付いている映像。

  世界は滅びていて、地球の表面の99%は砂漠になっていて、すさまじい風が吹いている。
  人類はもちろん一人残らず死んでいる。
  そんな情景の中で、「アリバイと40人の盗賊」が流れている。
  レクイエムですらなく、ただ普通に。だれにも聴かれずに、だれも感動させずに。
  でも、風の音に負けず、明らかにおかしくなった太陽の熱にも負けず流れている。
  そんな音楽。
  そこから流れてきた音楽。
  ここではなく、どこでもない場所からの微かなバイブを、僕はインスピレーションと解釈して曲にした。
  それをリアルにしたのがロボピッチャーだ。

  多分、僕らはもう幸せになんてなれない。
  幸せの意味を知ってしまったからだ。

  ロボピッチャー 加藤隆生



 
 
 
   
 
 
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