「消えた3ぺージ」がサブスクに入ることに関して。
 


ロボピッチャーの1stミニアルバム「消えた3ページ」がついにサブスクに参入!
以降のアルバムも今後順次参入予定!
活動が止まってしまってから早5年。
今更のサブスクに戸惑うギターボーカル加藤のコラム!

 

あれから17年経ったのかと思う。
昨日のことのようだとは思わない。ずいぶん昔のことのような気がする。
それは薄い幻想的な霧に包まれたような記憶で、いったい僕はどんなことを考えながらこれらの曲を作り、歌詞を書き、ギターを弾き、歌を歌ったのか明確には思い出せない。
「消えた3ページ」と名付けられたこのミニアルバムは、熱狂をもって迎えられたわけではなく、ひっそりと京都の隅っこのほうで発売されて、一部の方の絶賛と膨大な量の無反応を巻き起こした。
僕の人生と言えば、実家にしがみつく寄生虫のような生活をしており、父親は時々「よう!パラサイト!」と陽気にしかししっかりとシニカルさを内包する温度で僕に声をかけてきた。
その時僕は30代になったところで、子供のころに思い描いていた「大人」とはまったく違う残像の自分に戸惑いつつも、では一体どう生きれば自分の思い描くまぼろしのような理想と焦点がピタリと合うのかを必死に探し続けていた。

29歳の僕が作ったものが3つある。
一つはロボピッチャーで、一つはボロフェスタで、もう一つはフリーペーパーSCRAPだった。
僕はロボピッチャーのために曲を作り、リハーサルをし、ライブをしまくり、そのロボピッチャーが出演するためのイベント「ボロフェスタ」を作るため毎日毎日東京のレーベルに電話をしまくってブッキングをして、「ロボピッチャーとボロフェスタ」の宣伝のために作ったSCRAPの企画を考え、編集し、テキストを書き、それを京都中にばらまいていた。

29歳から33歳くらいまでの4年間、ボロフェスタとロボピッチャーとSCRAPのこと以外をした記憶がまったくない。あと残った時間はパチンコかスロットをしていた。
先がまったく見えないぬるい闇のような毎日の中で、僕は気が狂ったように動きまくって、話しまくって、作りまくった。いつまでもなんでもしゃべり続けることができたし、いつまでもギターを弾いて曲を作り続けることができたし、いくらでも企画を考え続けることができたし、いくらでも文章を書いていられた。そして興奮した体を眠りに持って行くために膨大な量のビールを毎晩飲んだ。

そんな中で産み落とされたのがこの「消えた3ページ」というアルバムだった。
未来がまったく見えない京都の町で、肩を寄せ合うように音を鳴らしていた我々ロボピッチャーの4人は、このアルバムが完成したとき確かそこまで大満足はしていなかったように記憶している。
僕らが思い描いた音像にならず、ミックスにも満足がいかず、自分たちのプレイにも他の3人のプレイにも満足いっていなかった。
発売されたときに京都のCDショップに見に行ったが、特に試聴機にも入っておらず、「ロ」の棚に1枚だけ刺さっていた。ロードオブメジャーが「ロ」の棚で圧倒的な存在感を放っていた。京都のCDショップが京都のバンドをまったく応援してくれない苛立ちを抱えながらタワーレコードに行くと「ロ」の棚には5枚くらいロボピッチャーが刺さっており、店舗のバイヤーさんが「いい感じで動いてますよ。この感じだと二枚目は大きく展開できそうです」って言ってくれた。
いくつかの雑誌の取材を受けて、何を話したんだろう。なにも覚えてないな。

今このアルバムを聴いて思うことは、あの時に気づけなかったメンバーの素晴らしさだ。
そこには個々の切実な思い入れがあり、退路を断った覚悟の音が鳴っているように思える。
あの時なぜ俺はあんなにロボピッチャーを自分のものだと思っていたのだろうと、このアルバムを聴くと当時の自分を本当に滑稽に思える。俺がやらなくては俺がやらなくてはと思っていたが、こんなに熱烈にバンドを思ってくれていたメンバーがいたのだな。

森さんのドラムがこれほど雄弁だとは知らなかった。
一つ一つの音に説得力とメッセージが込められている。
僕はこの音にずっと踊らされてきたのだ。
ギターを掻きむしるように音を鳴らしたとき、その音を包み込んでいたのは森さんのドラムだった。

伊藤君の作る音がどういう意味を持っていたのかをやっと今完全に理解した気がする。
彼が余白を埋めてくれていたから僕の言葉にきちんとした方向性が生まれていたのだ。
丁寧に慎重に一つずつ置かれていく音にこんな意味があったのか。

そしてありちゃん。
結局のところこのバンドは彼女のものだったのではないかと思う。
彼女のベースがなくては我々はただのマネキン人形のように血の通わない傀儡になっていたんじゃないか。
僕がどんな歌詞を書いても、どんなメロディを書いても、彼女のベースは前に前に進み、すべての言葉をポジティブに変えてしまう。そこに立ち止まることを許さずに、次の何かを作らせようとする。

僕はうっとりとロボピッチャーの「消えた3ページ」を聴いた。
郷愁の残像の中ではなく、明確にこの47歳の今この場所に鳴っている音として「消えた3ページ」を聴いた。必死で絞り出すように歌う僕の声は令和の時代にどんなふうに響くだろうか。17年前にある古都である4人組がぴっかぴかの孤独を抱えながら鳴らした音だ。いくつかの空気といくつかの心は揺らしただろうが、世界を変えるほどのチカラは持たなかった。

新しい音楽の聴き方が生まれている世界で、サブスクという常識にやっと参入いたします。
よければ聴いてみてください。
このアルバムが発売された3年後にリアル脱出ゲームが生まれます。


 

 
 
 
 
   
 
 
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